パーソナル・トレーナーの池澤智です。

今回のコラムでは、パーソナル・トレーナーという職業を生み出したアメリカにおいて、彼らがどのようなスタイルでトレーニングを提供していたか。そして、それを日本に初めて持ち込んだ、当社トータル・ワークアウトができるまでのお話を、お伝えさせていただきます。

<パーソナル・トレーナーはジムを持たない?>

1990年後半、アメリカのパーソナル・トレーナーは、ジムを持たないスタイルが主流でした。つまり、クライアントを色々なジムに連れて行き、ジム代や場所代も全てクライアントに払っていただき、そこでトレーニングをする、というスタイルです。

また、アメリカのセレブ達は家がとても広く、自宅にトレーニングマシンを持っています。なのでパーソナル・トレーナーが、クライアントの自宅を訪問し、そこでトレーニングをして体を変えていく、といったケースもとても多かったです。

このように、自分の拠点(ジム)を持っていないのが、パーソナル・トレーナーという職業であり、クライアントはみんなハリウッド女優やセレブ達でしたので、1時間あたりの報酬もそこそこ高い、そんなステータスができあがっていました。

<逆転の発想!パーソナル・トレーナーを集めたジムを作る>

アメリカでも次第に、パーソナル・トレーナーへのニーズが広まり、もっと一般化した方がいいのでは?という考えが、当時、ケビンの頭の中にありました。

パーソナル・トレーナーが常に移動しながらトレーニングを提供するのではなく、パーソナル・トレーナーを集めたジムを作れば、そこにクライアントが来てくれるのでは?という逆転の発想です。

ケビンは、パーソナル・トレーニングをエンターテイメントの1つと捉えています。音楽や芸術、舞台などを通じて、人に感動を与えたり、楽しませたり、幸せにすること。ソレと同じように、人のカラダを変えていくことで、その人の人生そのものを高めていけるパーソナル・トレーニングは、最高のエンターテイメントである。そんな想いがあります。

エンターテイメントの世界においては、サービスを提供する人たちが箱(ジムや自宅)を回るのはなく、自分たちの箱(ジム)に人が集まって来るもの。それが最高のエンターテイメントだ!

そう言ってケビンは、シアトルにパーソナル・トレーナーを集めたジムを作りました。

その時、パーソナル・トレーナーは全員オーナーシップをとっており、企業に属する人として働くのではなく、一人一人が独立してマネタイズしていく能力がありました。みんな個性豊かなトレーナーばかりが揃っていました。

このあたりも、今の日本におけるジムの経営手法とは大きく異なるところだと思いますが、

『マネージメント能力があるのが、パーソナル・トレーナーである。』これが今でも、ケビンがパーソナル・トレーナーに求める資質の基本・基準となっており、私たちトータル・ワークアウトで働くパーソナル・トレーナー達はそれを達成していくことを目指しています。

つまり、トレーニング手法を習得するだけでなく、マネジメントや、コミュニケーション、チームづくり、最終的には『人間性』といったところまで、多岐に渡った詳細な研修カリキュラムが作られています。

アメリカではムーブメントとなったパーソナル・トレーニングを、カルチャーの異なる日本において広めていくために、アメリカと同じ手法を踏襲しながらも、日本にカスタマイズしたマーケティングを行い、サービスへと落とし込んでいきました。

そして、日本における第一号店を、東京都港区三田に出店することが決まりました。

2001年のことでした。

つづく

 

パーソナル・トレーナー

池澤智